思想の備忘録

農業のこと、本のこと、思想のことなどなど

他人2.0

newspicksの今回の落合さんの動画を見て多様性の話がとてもおもしろかった。

 

今日本で叫ばれているのは「意思なき多様性」なのだと。

多様性と言ってもどこにフォーカスを当てるのかで話は変わる。

一括りに多様性と言っても範囲が広すぎるのだ。

 

そして共感をベースにした意見や、話し合いは意味がないことを改めて感じた。

 

共感だけで意見をしてもいい意見は出てこず、海外のように何か一つの目標に向かっていろんな意見を出すことが必要なのだろう。

 

同調圧力、共感を求められる日本では多様性と言っていてもあまりそこには意味がなく、AIという言葉が今流行っているが、次のバズワードは多様性だと落合さんも言っていた。

 

ただの流行語のように流され使われる言葉や考えがほとんどなのかもしれない。

 

もっとディスカッションの勉強が必要なのだろう。

 

自分の一つの意思、目標があれば他の人の共感を考えず、進んで行けばいい。

今活躍している人は共感を求めて動いているのだろうか、それだけでは多分弱くいつかくじけるだろう。

 

好きなこと、何か解決したいことなど興味、関心、好きなことがベースにあるのが大切である。

 

 

他人2.0

newspicksの今回の落合さんの動画を見て多様性の話がとてもおもしろかった。

 

今日本で叫ばれているのは「意思なき多様性」なのだと。

多様性と言ってもどこにフォーカスを当てるのかで話は変わる。

一括りに多様性と言っても範囲が広すぎるのだ。

 

そして共感をベースにした意見や、話し合いは意味がないことを改めて感じた。

 

共感だけで意見をしてもいい意見は出てこず、海外のように何か一つの目標に向かっていろんな意見を出すことが必要なのだろう。

 

同調圧力、共感を求められる日本では多様性と言っていてもあまりそこには意味がなく、AIという言葉が今流行っているが、次のバズワードは多様性だと落合さんも言っていた。

 

ただの流行語のように流され使われる言葉や考えがほとんどなのかもしれない。

 

もっとディスカッションの勉強が必要なのだろう。

 

自分の一つの意思、目標があれば他の人の共感を考えず、進んで行けばいい。

今活躍している人は共感を求めて動いているのだろうか、それだけでは多分弱くいつかくじけるだろう。

 

好きなこと、何か解決したいことなど興味、関心、好きなことがベースにあるのが大切である。

 

 

若者が起業するということ

 

これから農業の会社だが起業することになって準備は着々と進んでいる。
社会人の経験もなく、社会のイロハのイさえも知らないで死ぬほど無知で、礼儀も知らない僕は起業するのだ。


でも心配はいらないのかもしれない。

若いから応援してくれる人も多く、何かわからないことがあれば聞けば教えてくれる、これこそが若者のが起業する特権だ。


社会のことを知って専門性を身につけてある程度年を重ねて起業することもできるがそれではミスは許されず、他の人にも聞きズラいことも多いだろう。
しかし、若ければミスもある程度許され、なんでもわからないことは聞きながら、成長することができる。


若い人は無知でも起業して、周りの人に頼りながら挑戦していけば、大きな成長を手にすることができるだろう。

 

未来は待つものではなくて、作るものだ。
僕らで楽しい未来を作ろう。

今生きる世界は、幻想で成り立っている。価値と使用価値の話。

 

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この世界は幻想で成り立っています。

世界を作っているお金というのは幻想です。

 

お金とは、よくわからないものでお札は目には見えるけど銀行の口座にあるものは数字の羅列だけです。

 

はっきりと言いますが、お金とは幻想であり、お金で測れる尺度はクソであるということです。

 

お金とはただの尺度であることを現代人は忘れてしまっています。

お金に惑わされることで本当の価値が見えにくくなっています。

お金という尺度がなぜ幻想と言えるのかを説明していきます。 

 

経済の価値とは使用価値ではない。

 

経済学者のリカードという人は、使用価値と富は別の世界で生まれ、経済は使用価値を切り捨てたところで展開していると言っています。

 

これはどういうことか水とダイヤモンドの例を使って説明します。

水は人間に絶対に必要なモノです、ダイヤモンドは人間に必ず必要ではなく、使い道もあまりありません。

しかし、経済的に見れば、ダイヤモンドは水よりも価値が高いのです。

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おかしなことだとは思いませんか?

 

人間に絶対に必要なものは価値が低く、人間にとって必ずとも必要ではないものが価値が高いのが資本主義です。

不足しているモノは価値が高く、多いものは価値は低いのが資本主義です。

モノの価値はそれ自体が決めるのではなく、人間との関係によって決まります。

 

 

 

 一次産業は今では高齢化が進み、給料は安く、きつく、休みがなく若い人がやりたがらない仕事になっています。

しかしみんなが儲かる仕事だけをして、農業をする人がいなくなるとどうなるでしょうか?

 

 

資本主義から見れば農業には価値はありません、だってお金をあまり生みません(これからの時代食糧不足などを起こすことがあるとすれば価値は上がりますが)。

しかし、人間にとって見れば食べるモノを作っているわけですから一番重要だと言えます。

経済から見れば価値はないものは、人間にとっては重要であることが多いのです。

一次産業は絶対に必要な職業と言えます。

 

 

 

 

なぜ使用価値が資本主義では評価されないかというと、使用価値とは誰にでも一緒ではないからです。

水をたっぷり飲んだ人には水はあまり必要ありませんが、喉が乾いている人にとってはとても重要です。

このように使用価値は経済的に見ると合理的ではない価値であると言えます。

 

それに比べダイヤモンドのように使用価値を無視して、価値だけを評価するのは合理的な価値と言えます。

この合理的な価値を持って経済は成り立っています。

 

 経済が行きすぎた世界で僕らはどうすればいいか?

 

商品には値段がついていてそれは当たり前のようになっていますが、本当はその値段も絶対的なものではありません。

商品には値段があり、価値があるんだとみんなが思うことで成り立っているのです。

 

経済的に見ることは合理的になんでも考えなければいけないから、こういう価値があるんだと想うことでできあがるのです。

 

結局資本主義というものは幻想なのです。

ナショナリズムと同じで幻想です。

 

実体がないのに価値が作られる。

幻想の貨幣に私たちは踊らされています。

 

本当に人間にとって必要で、価値のあるものはなんなのかを見つめ直すことがこれから必要になっていくのではないでしょうか。

 

 

貨幣の思想史―お金について考えた人びと (新潮選書)

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社会人になるとお金はないよ気つけてや。

新社会人になると生活は全くもって違うものになる。

慣れない仕事で疲れて帰ると寝るだけ、休日は友達とお酒を飲みに行き、寝て起きると休日は終わっている。

 

あれ社会人ってこんな感じ?あんまり楽しくないものなのか?という壁にぶちあたることだろう。まあ安心してほしいこれは誰にでも起きる現象だ。

 

仕事が楽しいだなんて資本家が作り出した嘘だ、仕事なんてやっていくうちに何かしらのやりがいだの楽しさを作りだすものだ。

仕事は楽しいものではなく、自分が楽しさを作り出さなければいけない。

 

そしてお金の不安が君たちを襲う。

こんなつまらない仕事をこれからもずっとできないな。

だったら早くお金を稼いで自由になりてえな。

これもみんな考えることだ。

 

そこで何を君たちは考えるのか?

株、不動産、ネットビジネス、などなど考えるだろう。

 

その隙間に入り込んでくる人たちが君に歩み寄ってくることだろう。

ネットワークビジネスやら何やらかんやら。

そして君を誘惑する。

 

その誘惑に負け、仕事を辞めてのめり込むのもありだろう。

でも果たしてそれは君を幸せにするだろうか。

お金だけに目をくらまされてしまったらおかしなことになってしまう。

 

社会に出たのだから、まずはきちんと働くということをしてから考えてもいいのかもしれない。

他人の利益のために尽くす、という経験が結局お金を儲けることにつながる。

お金は信頼の量と比例する。

信頼を集める者がお金も集めると思う。

 

なぜ今ユーチューバーなどがお金を稼げるのか、それは信頼があるからだ。

おもしろことをするだとか、勉強になることをすることで人々のためになっている。

楽しむことや、信頼を集めることがお金を集めることだろう。

 

まあ今活躍する人が見えやすく、周りの人もどんなことをしてるのか見えやすい世界になって、不安や嫉妬を煽られることが多くなった。

今自分は何をしているのか、こんなとこで大丈夫なのか、そんなことを考えてしまう。

しかし、今自分がやっていることを一生懸命することでこの先の未来は作られると考えてみてはどうだろうか。

 

今置かれた場所で咲きなさい。

この言葉が表しているように今いる場所でがんばることで他の場所でも花を咲かすことができるのだ。

 

何にでも手を出してうわべだけをできても意味はない、何か一つ仕事を身につけてから他の仕事をすることでオリジナリティは作られていく。

オリジナルは何かと何かを掛け合わせたものでできている。

だから君も個性的になるには何か一つ取り組む必要がある。

 

結局何かを掴むものは何か一生懸命に取り組んだ経験がある人が掴むものかもしれない。

自分が熱中できることがあればそれが一番幸せだろう。

 

自由は本当に良いものなのか

自由とは誰でも欲しいものです。

嫌な会社に行くのではなくて1ヶ月くらい海外に行ってパーットしたい、通勤の電車から降りずにこのままどっかに行ってしまいたい。

そう思う人は多いはずです。

 

自由とは人間の本能です。

しかし、自由があまりにもありすぎると人間は自由を持て余してしまいます。

学生の頃は何か自由をもて余すことはなかったが、社会人になり休みが一週間くらいあると何をしたらいいのかわからないそんな状況があるでしょう。

 

普段から会社に通っているとそれが当たり前で、会社がないという生活にシフトするのはなかなか難しくなっていきます。

会社が生活を支えてくれているから会社がなくなってしまうと、何をしたらいいのかわからない、これからどうしていけばいいのか?という状況になります。

だから一つのものに依存するのは危ないです。

 

いろんなことをやっていて、いろんな依存先があってそれで自由と言えるでしょう。

自由とは何か一つを信じることでは成し遂げられないものなのかもしれません。

 

小説「罪と罰」の著者であるドストイエフスキーは「人間という哀れな動物は、もって生まれた自由の賜物を、できるだけ早く、ゆずり渡せる相手をみつけたいという、強い願いだけしかもっていない」と言っています。

 

この意味をなんとなくわかる人と、何言ってんだ自由があればなんでもできるじゃないかと思う人に分かれると思います。

 

 

 

ナチズムはなぜ起きたのか?

 

ドイツのヒトラーという人物の名前を聞いたことがある人は多いでしょう。

 

そのヒトラーが独裁政治でドイツを率いてたくさんの人を殺しました。

これからも絶対起こしてはいけないことです。

なぜこんな痛ましい事件を起こすほどに国民はコントロールされてしまったのでしょうか?

 

まず、ナチが台頭して来た時代のドイツは戦争に負け、経済的にも行き詰まり、君主制も崩壊したという最悪の時代でした。

国民が今まで信じて来たものなどが一気に崩れおちます。

これから何を信じて生きていけばいいのかという状況になりました。

 

この状況こそが自由の重さという考えに繋がります。

誰か、何かを信じていたがそれがなくなった、だから次の何かを探そうという考えになるのです。

自分で自分をコントロールすることが難しいのが人間なのです。

何かを信じていたいのが人間です。

 

そんな状況にヒトラーが出て来て国民がコントロールしていったのです。

普通の人があんなひどいことをするまでにコントロールされてしまいます。

何か一つに依存するというのはとても危険なことです。

誰かあの人の言うことしか聞かないとか、何か一つの情報に頼るだけだだと危険と言えるでしょう。

 

雑誌だって、広告だってあなたはこんな生活をしてみませんか?という一種のコントロールです。

自分が欲しいと思ったものなのか、企業から広告されて欲しくなったものか分からなくなってしまうのが現代です。

街には欲望をコントロールするものが溢れすぎています。

 

こんな時代だからこそ自分は何ががしたいのか、何が欲しいのか、など人生に対する問いを持つことがかなり重要な時代はないのかもしれません。

 

生きがいとは?

 

フロムにとって人生の意味とは、生きる行為そのものであることをみとめることだと言います。

 

フロムは資本主義社会にどっぷりと浸かった社会では人格の努力や結果が、金や特権や権力のために売ることのできる商品と考えられてしまう、こうして、重点は創造的行爲の現存の満足ではなく、完成された生産品の価値に置かれると言っています。

 

結局、現代人は生きる行為全てがお金に変換できることが苦しめているのかもしれません。

勉強することで将来安定した職につける、プログラミングができればお金を稼げるかも、バイトを頑張ればお金が手に入る、などなど生きる行為そのものが損得で考えてしまいます。

 

しかし、行為には目を向けられず楽しむ事もなく、結果だけ、作った商品だけを資本主義社会ではみんなが判断します。

そこには自分の意思関係なく周りから値段をつけられ、嫌なことも言われ、商品となります。

 

結果も大切ですが、作る行為そのものを楽しむとても大事なことなのです。

やはり自分が好きなことをしているのが一番の生きていることです。

作る、やっていて楽しいことこそが自分が極める道、生きがいにつながるのでしょう。

 

 

新しい自由とは。

 

自由といっても内容は変わってきています。

中世の人々に自由という考えもなく職業は生まれた時点で決められており、孤独や不安なども感じることはありませんでした。

それはなぜか。

生まれた時点で職業が決められており、自分の職業と生まれた階級というコミュニティの中で生活すればよかったからです。

 

しかし、個人的な自由は存在しませんでした。

そこから人々は時代が変わっていく中で自由になっていきました。

だけども、自由に職業が決めれるようになり生活がしやすくもなりましたが、孤独や不安なども感じるようになっていきます。

 

資本の力でのし上がることができ、格差というものが見えるようになり、人々は努力して仕事を資本主義社会に評価してもらえるようにしなければなりません。

そこには仲間という概念ではなく、皆一人だとの考えが出てきます。

 

フロムはこういっています、「新しい自由は必然的に、動揺、無力、孤独、不安の感情を生みだす。もし個人がうまく活動しようと思えば、このような感情をやわらげなければならないのである。

 

近代はこのように孤独や、孤立、不安などを感じさせる要因がたくさんあるのです。

皆が抱えている思いを和らげるコミニティや生き方をこれから誰もが考えていく必要があるのではないでしょうか。

 

資本主義にどっぷりと浸かった生き方からのシフトが大切になっていきます。

ましてや日本は給料も安く、拘束時間も長い仕事が多いでしょう。

そこで生まれているのは自分の時間、家族と過ごす時間、など多くのものを失いながら疲弊した時間を過ごしています。

時間も失い、金も失い、じゃあ何が手元に残っているのでしょうか?

みんなが時間を大切に、何をして生きるのか、何を成し遂げたいのかなどを考えることがこれから大切になる時代です。

 

 

 

なぜ「不倫ネタ」が人気で、芸能人を叩く人が多くなったのか?

今世間を賑わせている「不倫ネタ」や「芸能人ネタ」。

一般人から注目を集め、バッシングを浴びせる人がとても多いです。

国民総バッシング時代」とも言えます。

 

なぜ今こんなにもバッシングが増え、不寛容になっているのでしょうか?

そもそも不寛容さは「現代の病理」なのでしょうか?

 

その答えが中野信子著「シャーデンフロイデ」に書いてあります。

なぜこんな現象が起きているのかを知るには、オキシトシンという成分、日本の国民性などが関係しています。

 

オキシトシンとは人間にどんな影響を与えるのか?

 

オキシトシンは「愛と絆のホルモン」とも呼ばれ、大きく二つの効果があります。

「安らぎと癒し」、「愛と絆」です。

 

ある実験では、抱きしめたり、撫でる、優しくするなどの行為を幼少期の子供にかけずに育てられた場合は半数以上の子供が成人になるまでに亡くなっています。

その他にも男女の仲にも大きく関係しており、オキシトシンが性行為中に分泌され、女性は子宮頸部の刺激によってオキシトシンが分泌され、性行為を行なった男性に愛情を抱きやすいことが分かっています。

 

このようにオキシトシンの働きは人間の行動を左右する大切な成分です。

人間はオキシトシンに動かされているとも言えます。

 

シャーデンフロイデとは?

 

この本の題名にもなっている「シャーデンフロイデ」とは妬み、他人を引きずり下ろして喜ぶ感情のことです。

 

シャーデンフロイデ」になっている人が多いのが今の日本です。

この感情を引き起こす原因がオキシトシンにはあります。

実は愛と絆を強めるオキシトシンの分泌量が多くなると、自分たち以外の集団に対するバイアスが強くなることがわかっています。

 

オキシトシンは良い効果もありますが、悪い効果もあるのです。

 

例えば、夫婦は浮気しないものだという前提があり、「不倫ネタ」などは一般の夫婦のルールを破った者として大きく批判を浴びます。

自分たちの「愛と絆」を破る他の集団に対してとても批判的になり、不寛容になるのです。

 

感情を大きく左右するオキシトシンは妬みの感情も引き起こすのです。

 

 いじめが起きやすい環境とは?

 

いじめが起きやすい環境は普通に考えると「いじめはダメだ」というルールを決めることでいじめが少なくなると思いますが、

実はそのようにルールを決めることで逆にいじめが起きやすくなります。

なぜルールを決めるといじめが起きやすくなるのか?

 

「いじめをしない」というルールを破った者は排除されることになり、破った者はいじめても良いと考えるからです。

 

夫婦の間でもルールが多いほど離婚しやすくなります。

このようにルールを決めることで、ルールを破った人を攻撃しやすい環境を生み出すのです。

 

日本人は絆やルールに動かされることが得意な人種です。

そのことが今の「不寛容さ」を生み出す一因になっているのです。

 

 

日本人は自分で意識決定するのが苦手な人種

 

日本人は個人で意思決定をすることが苦手な人種と言えます。

それはこれまで歩んできた歴史が関係しているのです。

 

日本はほとんどが農民として米作をしていて、米を中心にこれまで日本人は生活してきました。

米を収穫するには、個人だけでは難しく、集団との協調が大切でした。

集団からはみ出してしまうのは昔の人は死を意味すると言っても過言ではなかったのでしょう。

 

現代生きている日本人は、集団との協調性を保ちながら生き延びることができた人間とも言えます。

 

だから日本人は協調性という性格を持ち、「空気を読んで行動する」ことが強く求められるのです。

 

その遺伝的な性格が脈々と受け継がれ今の日本を作ってきました。

過労自殺や就活で自殺してしまうのはこの辺が関わってきているのかもしれません。

集団から受け入れられることがとても大切なので、誰にも受けられないというのは日本人としては死を意味してしまうのかもしれません。

 

協調性の高い人は、集団全体の利益、つまり公共性やフェアであることを重んじるため、不正に利益を得ようとしている相手を許すことができず、「自分が損をしても一矢報いなければ」という行動をとる傾向がある、ということになるでしょう

 

 協調性の裏には攻撃性も眠っているのです。

 

 

このように現代の病理として描かれている「不寛容性」は実は昔からあったことなのです。

日本人の性格には「不寛容性」、「バッシング」というのはつきものなのです。

 

インターネットが発達したことで人々の声が届きやすくなり日本人の性格が露わになっているのが今の問題に繋がっています。

この問題は解決することは難しく、暴走は止められないのかもしれません。

 

私たちは「バッシング」や「いじめ」は日本人には馴染みの問題ということを意識しないといけません。

誰でも被害者になり当事者になりやすいのです。